きまぐれな微笑み 2
何処をどう歩いたのか分からないが、ゾロは、酒場に着いていた。
手持ちのベリーでなんとか酒を頼み、豪快に酒をかっくらういつもの様は、影をひそめ、ちびちびと呑んでいた。
呑みながら、頭の中は、己の無様な様と、アンクレットのきらめき、豊かな白い乳房、さくらんぼのような乳首、すべりおちる汗。
そして、という女の嬌声に、埋め尽くされていた。
鬱々としたフラストレーションが、出口を求めてさ迷っていた。
いまのゾロに、誰か喧嘩でも吹っかけようものなら、一刀両断に斬られていただろう。
童貞である己を恥じたことなどない。己には、色欲よりも成すべきこと、『世界一の大剣豪』という野望がある。
ナミやロビンのバカでかいおっぱいの張り具合がどうだとか、うぉ!素肌が、艶かしい!!!などと
サンジが騒ぐのを、鼻からバカにして、性欲なんていうものは、根性で内に封じ込めてきた。
たまに、一人で抜くことはあっても、それは単なる溜まったから出すだけの行為でしかなく、
強烈に、女に挿れたいと、思ったことはなかった。
ただ単に、女の裸体を初めて見たから興奮しただけだと、思いたいのだが、やった行為は、最低最悪であることは間違いない。
覗き行為のあげく、それをおかずに発射してしまいましたなど、誰が褒めてくれるものか。
咎めるものがいなかったのは、幸いだが、やった行為は、消えはせず、
剣士たるもの云々の前に、人としてどうだ!と、自己嫌悪の波にどっぷり浸かっていた。
もう一杯呑みたいのだが、手持ちのベリーを持たないゾロは、最後の一口を、ぐぃっと呑み干し、席を立とうとした。
その時、やっと酒場の喧騒に気がついた。だが、しかし、気がついた時は遅く、振り返り立とうとした腰に衝撃が走った。
次の瞬間、もんどりうち、ぶつかってきたものと一緒にテーブルの向こうに、転がった。
「いってェな。なんなんだ?いっ!!!???」
無意識のうちに、ぶつかってきたものを庇うように、腕に抱き、打ち付けた後頭部をさするゾロの鼻腔に、甘い香りが
充満する。しかめっ面をとき、目の前のものを、眺めてみると、それは昼間見た女、脳裏から離れない肢体、嬌声の持ち主
だった。
「てめェ、!今日の稼ぎはこれっぽっちか!?ふざけんじゃねェ〜ぞ」
と呼ばれた女は、男にぶたれて赤くなったであろう頬をさすりながら、ゾロに小さく謝り立ちあがった。
そして、転がった際、はじけとんだ胸元のボタンを気にしながら、怒鳴る男のほうへ、近寄っていった。
「ごめんなさい。今日は……時間が足りなくって」
「時間じゃねェーだろ!イキすぎて、他の客取る気になんなかったんだろ!いっぱしの娼婦やってるんだったら
男はイかせて、自分はイかないもんだ!イッタふりで充分なんだよ!てめェ、また、商売と欲望を一緒にしてただろ!?」
「ひゃん!」
男の無骨な手が、の髪を鷲づかみにし、自分の手元に引き寄せる。
引っ張られた髪の痛みに、振りほどこうとするだが、更なる男の怒りを恐れ、膝を折り頭を庇うだけだった。
その時、無防備となった胸元から、うっすらと血管のすける乳房が顔を覗かせた。
ぬけるような白いふくらみ、深い谷間とたっぷりとした盛りあがり。
盛りあがった部分に、乳輪の色濃い部分が僅かに見え、その先に、さくらんぼのような乳首があることを、否が応でも、ゾロに教える。
「てめェのナニは締まり具合は最高だ。毎日だってヤリタイ客は五万といるのに、商売気ねェのも大概にしろ!」
「けっ!今も……」
の髪を掴み、が鳴りたてていた男は、次の言葉を言うことが出来なかった。
ゾロの雪走が、すらりと引き抜かれ男の喉元に突きつけられたからだ。
「ひっ!」
「手を離せ」
「て、てめェ……」
「俺は虫の居所が悪ィ。手が滑って、この刀が悪さをするかもしれねェ」
「チッ……わかったよ。早まるな、若ェの」
男は、の身体を忌み者であるかのように、離した。
男がから、数歩さがったのを確認してから、ゾロは雪走を収めた。
「この女、俺が買う」
「へっ!お客様でしたか〜!こりゃ、お目が高い!!!この女の身体は、最高級でっせ!」
男の憎憎しげだった表情は、瞬時に、にこやかになった。もっとも、ゾロの眼には、そのにこやかな表情の中にあるもの、
すなわち、賤しい根性を見て取ったのだが。
「では、お代金を〜先払いつーこって、頂けますかな」
ゾロが手に敵う相手でないことは、荒れくれ者の勘で分かる男は、媚びた笑みを浮かべ、揉み手で言う。
「金は、ねェ」
「お金がないと、申しましても……!?てんめェ!!!ふざけんな!!!!!金がねェなら買うって言うなーーっ!!!」
「ああ、悪かった」
「あんた見たところ?女買い慣れてねェだろ?こいつは高いし、具合が良すぎるから挿れた途端、ロケット発射!になっちまうよ〜」
素直に謝られた男は、拍子抜けをし、口悪くゾロをからかい笑い出した。周囲で固唾を飲んで見守っていた男の仲間も、釣られて
下品な物言いで、笑いを取り、酒場に笑いの渦が起こった。そんな周囲の状況をものともせず、坦々とした表情でゾロは、口火を切る。
「買うじゃねェな。この女、俺が貰う」
ピタリと、物音が消えた。水を打ったかのような静寂の中、ゾロは、もう一度はっきりと、口に出した。
「この女は、俺のものだ」
「ふ、ふざけるのも大概にしろーーーーーーーっ!!!」
男の怒声が、酒場に響き渡る。それを合図にするかのように、笑っていた仲間たちは、武器を手にゾロの周囲を固め出した。
「やるっつ〜のか?にぃーーちゃん!!!」
「俺のものだ」
酒場に「ふざけんなーっ!!!」の大合唱が響き渡る中、ゾロの三刀が瞬く間に引き抜かれ、次々に斬り捨てていく。
ゾロにとって、この街の酒場にたむろする荒くれ者が、敵として斬る価値に値するはずもなく、
勝敗は、数分のうちに、決まった。
三刀を収め、を振り返ろうとしたとき、この瞬間には、絶対聞きたくない男の声がした。
「何、やってんだ?てめェ?帰ってこねェと思ったら、こんなトコで喧嘩か?」
サンジが、酒場の入り口からひょいっと、顔を覗かせていた。
「んっ?ウホッ!!!綺麗な、おねぃたまーーーーー!!!マドモアゼル、お怪我はありませんか?」
サンジは動物的な勘をもってして、カウンターの影にうずくまるを見つけた。
麗しのレディを扱うように、手を差し出し助け起こす。
「ぎゃーーーっ!綺麗な顔が……あ〜なんてことだ!この海の一流コックの俺様、サンジがもっと早く駆けつけていたら
貴女に、こんなお怪我は、させなかったのに。マドモアゼル、お許しを」
と、あからさまな態度で、打たれた痕の残る頬を、そっと撫ぜ、ひざまづき手の甲にキスをしようとした。
だが、ゾロは、一瞬早く行動し、サンジの唇が触れるか触れないかのところで、を引き離し、己の腕の中に
封じ込めた。
「てめェ!何しやがる!俺様の楽しみ邪魔すんじゃねェーーーよ!!!あ〜マドモアゼル。なんてことでしょう!
苦しがってるだろ!てめェ力入れすぎだ!ボケェーーーーーーーッ!!!
ああ、穢れる!美しいレディが、てめェのマリモ菌に感染しちまうだろうが!!!
とっとと、腕ほどけェえええええ!!!」
「てめェのアホ菌に感染するよか、マシだ!」
周囲の状況をものともせず、お互いの菌がどうのと、くだらない喧嘩を始めたサンジとゾロだが、
やはり、状況は、その喧嘩を楽しむことを、許してはくれなかった。
みね打ちにされていた荒くれ者たちが、立ち上がり、第二段の攻撃を仕掛けてきたからだ。
ゴッと鈍い音がサンジの脳内に響いた。次に、パリンッと物割れる音が耳に響き、砕けたガラスの欠片とともに
冷たい液体と飛沫が、サンジの頭から飛び散った。
「っ……冷てェ〜し、痛ェ……。どこの誰だか知らねェが、なんで、俺の頭狙うんだよ!!!
っ臭ェ〜〜〜な。ろくでもねェ酒だな、こりゃ」
頬を滴り落ちてきた酒を、ぺろりと舌先でとらえ、投げた者に背中越しの冷ややかな一瞥を与えた。
「アホみてえなツラのてめェの手助けなんざ、したくはねェが、
売られた喧嘩、買うが、海賊。サンジ様に喧嘩を売ったからには、明日の蝶が見れると思うな……よ!!!」
静かな物言いで、煙草に火をつけ、『よ』の音を唇から零した瞬間、サンジは、手近なテーブルを荒くれ者の中に蹴り込んだ。
「おらっよっと、もうひとついらねェか?」
次々にそこらに転がる椅子やテーブルを蹴り散らかし、出口までの経路を確保していく。
ゾロは、女の腰を脇に抱え、サンジの後に続いた。
走る道すがら、サンジはゾロに問う。
「なんで、てめェはレディを抱えてんだよ!!!」
てっきり酒場での喧嘩について聞いてくるものと、思っていたゾロは、走りながら腰を折り、サンジの軽い蹴りをかわし答える。
「ああ、男の物言いが気に入らなかっただけだ」
「だァーーーーーーーーっ!てめェ!んなこと聞いちゃいねェーーーよ!レディの腰抱えるヤツがいるかよ!
それじゃあ、荷物だろうが!!!レディは、お姫様ダッコと相場は決まってんだ!!!」
「てめェみてェに、脚が武器じゃねェからな、手がふさがると困んだよ!」
「おうおうおう、剣豪さんよ!口に刀咥えて三刀流気取ってるヤツの台詞かよ!ちったァ頭使え!いや、その前に気を使え!」
追われる状況の中、サンジの口はぺらぺらと、己の信じるレディの扱い方を、ゾロにレクチャーしだした。
東の海岸で待つGM号へと、走りながらも止まらないへの賞賛の台詞と、ゾロへの罵詈雑言が、次々と浴びせられ、
またかよと、うんざりしかかったゾロに対し、更に続ける。
「だいたい、てめェ、俺様が見つけなきゃ船に帰れねェだろーが!道草くいまくりで、しかも、喧嘩のおまけつきかよ!
ナミさん言ってたろ?ここで、面倒に巻き込まれるなって!てめェの耳は飾りか!あ〜マリモンに耳なんかねェな
あるのは……うぉっ!!!あっぶねェーーーーー!!!てんめェ、俺に感謝するどころか、それかよ!上等だ!!!」
サンジの靴が、甲高い音を立てて止まり、つられて止まったゾロに、正面から向き直る。
周囲を追ってきた荒くれ者たちが固め、斬りかかる時を待つ中、サンジは
「っち!てめェ、なんで止まるんだよ!!!先に行け!!!」
と、言葉がでるが脚が先か目にも止まらぬスピードで、GM号までの道をふさぐ敵をなぎ倒し、に投げキッスを送った。
「あ〜麗しのレディ。お名前は、また後でゆっくり伺います。クソマリモ、迷うなよ!!!」
サンジの瞳に浮かぶものを理解し、ゾロは、駆け出した。
GM号はすぐそこだ。薄紫の夜明けの海、マストに掲げた海賊旗が、ゾロを確実に導くだろう。
勘のいいウソップあたりが、誘導に飛び出してくれればいいが……と、思いながら、
目の前に対峙する荒くれ者たちを、蹴り倒すサンジだった。
2004/09/30
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