うるおいの雨は優しくふりそそぐ
4月、桜に酔いしれて、お兄ちゃんに抱かれ狂おしいほどの情愛に溺れた日々。
5月、離れ離れの三夜。私の身体に消えることのない渇望を思い出させ、お兄ちゃんの欲望の全てに呑みこまれ過ぎていった。
今、私の目の前には、進路指導の先生と担任がいる。先生の手には、私の成績表がにぎられていた。
なぜなら私の一学期中間テストの結果は見るも無残なもので、進路指導の先生自らのお説教をくらっても仕方ないものだったからだ。
どんな言い訳をすればいいんだろう?
成績が下がったのは、お兄ちゃんに犯されることだけを思いネットで自慰行為に溺れたからとか。
その後、お兄ちゃんと想いが通じ合い四六時中抱き合い、勉強するまなどなく、愛欲に溺れた結果とでも言えばいいのかな。
まさか、言えるわけないでしょ、と心の中でため息をついていた。
私たちは、両親と一緒に住んではいない。これも、私たちの関係を増長させる原因かもしれない。
なぜ、そうなったのか、私は、知らない。それを知りたいと思うことは、悪いことのような気すらしていた。
うつむき考え事をする私に、担任の声が聞こえた。はっとした私は、言い訳を考えるまもなく答えた。
「……あの、中間テストのときは体調が悪かったんです」
なんてバカみたいな言い訳なんだろう。小学生でももっとマシな言い訳ができるだろう。
自分のバカさ加減に恥ずかしくなってしまい、頬が上気していった。
そんな私の恥ずかしげな様子を、先生は誤解したらしい。
「そうか、生理か? それは集中できなくて仕方ないかもそれんが、それは理由にならんぞ。
今回は、学校内の試験だからまだいいかもしれんが、本番でそうなったら、お前はどうするんだ?」
「先生、女生徒相手ですよ。さん、次の期末が悪かったら、公立希望校は下げるしかなくなるからね。
さんの第一志望は私立校だから、二学期さえよければいいとか思わないようにね。」
私は、進路指導の先生から成績表を受け取り、一目散に指導室からとび出した。
体調が悪かった=生理と受けとめる先生たちの思考は、私の羞恥心を呼び起こしたが、助かった思いのほうが強かった。
言えるはずのない理由を言わなくてすんだ事に胸を撫で下ろし、私はどんよりと曇る空を見上げた。
薄い灰色の雲の向こうに濃い灰色の雨雲が横たわり、零れ落ちそうなしずくを連想させる。
6月になったばかりだというのに、じきに始まる梅雨を思わせる今日の天気に、うんざりした。
べたべたと張り付く首筋の髪がうっとうしい。
今朝、傘の用意をしていたお兄ちゃんを横目で眺め、見惚れすぎて傘を持ってくるのを忘れた自分のうっかりさ加減にもうんざりした。
それに加えて、進路指導の先生の詮索の目など、私の機嫌はすこぶる悪かった。
大通りを急ぎ足で通り抜けるが、雨脚のほうが早く、ぽつぽつと降り出した雨は、瞬く間にどしゃぶりになり私の体を濡らしていった。
私は、ずぶ濡れになりながら、理不尽な怒りを溜め込んでいった。
――それもこれも、朝からカッコイイお兄ちゃんが悪い。
だいたい、なんで雨が降り出したのに、迎えに来てくれないのよ!
もう、の成績が下がったのだって、お兄ちゃんが悪いんだから。
もはや駆け足で家路を急ぐのは無意味に思えた私は、ゆっくりとした足取りになっていった。
ふてくされてうつむきがちに歩く私の肩を、雨粒がぼとぼとと打ちつけ、私の中に静かなる怒りを溜めていく。
もてあまし気味な心を抱えていたその時、私の頭上に降り注ぐ雨が消えた。
「さーん! 風邪引いちゃいますよん」
「さん!」
なんというタイミングなんだろう。
さんは、トレードマークになりつつあるなんとも不恰好な帽子の影で笑いながら、傘を私のほうに幾分傾けてさしていた。
「ありがとう。もう、びしょ濡れ〜だよ。水も滴るいい女でしょ?」
「……そうっスね〜。さん、最近綺麗になりましたね」
――綺麗になった!?えっ!
さんの視線が、こそばゆかった。少しだけ細められた目、その奥に光るものが何なのか、その時の私には、わからなかった。
ただ、頭の先からずっと下に降りていく強い視線に、射すくめられた私は、頬を赤く染め、その場でもじもじとするだけだった。
「さぁ、家まで送りますよん。もっとこっち来ないと濡れちゃいますよん」
「もうこれ以上濡れるところないくらい濡れてるから……今さらって気がする」
「何、バカ言ってるんっスか?雨に打たれ続ける趣味がおありとは、アタシ知りませんでしたよん」
軽口を叩きながらさんは、私の肩を強引に自分のほうに引き寄せ、にっこり笑った。
そんなさんに、私はドギマギしてしまった。触れられた肩が、頬にかかる息が熱かった。
お兄ちゃん以外の男の人が、こんなにも近いところにいるなんて、私はちょっとしたパニックに陥っていった。
隣を歩くさんは、ぺらぺらと軽薄そうな口ぶりで、とりとめもない話をしている。
その内容は、私の耳に入れはするのだけれど、波打つ心は平静に戻ろうとせずにいた。
カランコロンとさんのゲタが奏でるリズムに、記憶の片隅に押し込めたものがひょこひょこと顔を覗かせていく。
私は思い出さなくてもいいのに、さんという存在に、先日の痴態“玄関で判子”を一歩進むごとに思い出してしまった。
私は、気の抜けた「うん……」だの「ええ……」だのバカみたいな受け答えしかできなくなった。
さんは何も知らないのに、ひとりで勝手にあのときのエロさを思い出し恥ずかしくなっていく私は変態だ、と思った。
そんな私にさんは戸惑ったのか、ぷつりと話をするのをやめてしまった。
「き、さん?」
「さん、聞いてました?」
「えっと……ごめんなさい。なんでしたっけ?」
「もう、いやんなっちゃいますよん。どこの高校受けるんスか?って聞いてるんです」
「ああ、ごめんなさい。お兄ちゃんと一緒のとこ……」
「マジっスか!!? アタシとも一緒ですよん!……って、アタシはおまけでしょうがね」
「ええっと……」
突然、大声で私のほうを向いたさんの迫力に、びびった私は、傘から一歩外に踏み出してしまった。
そんな私の頬を、雨粒が叩いていく。雨粒の冷たさが心地よく体に響いていった。
「さん……やっぱりブラコンっスね。がいるから行きたいってことっスよね?」
「えっと……う〜ん……ほら、あの学校の制服可愛いじゃない? だから……」
「ったく、バレバレですから、言い訳はいいです。可愛いですね、さんは」
「バレバレ?」
「バレバレっス。アタシみたいないい男が、隣にいるっていうのに、さんは一筋ですもんね。
せめて、『さんと一緒のトコ』って言って欲しかったっスね」
盛大なため息をつきながら大げさに肩をすくめるさんの姿はとてもユーモラスで、思わず笑ってしまった。
火照った頬を雨粒が優しく冷ましていくのとともに、さきほどまでの変な緊張がするすると解け落ちていった。
「はいはい。さんと一緒のトコですよ。きゃっ!」
「遅いんっスよ。最初に言わなきゃダメですよん。って、さん濡れちゃうでしょ、もっとこっちいらっしゃい」
またもや、ぐいっと肩を抱かれてしまった。瞬時に頬が熱くなった。
「なに? 赤くなってるんスか? さん」
「きゃーーっ! の、覗き込まないでください」
「はぁ〜〜〜。そんなにイヤっすか? 」
「手、手はずしてください」
「ああ、お子様っスね。ちぃ〜たぁ男つ〜〜もんに慣れとかなきゃ、ダメっスよ?」
「……」
「いつになったら、を卒業してくれます?」
「さん……」
からかうような声なのに、目の前のさんの瞳は真剣で、私は何をどう受け止めたらいいのか分からずにいた。
びっくりして固まった私に、さんがなにかを言いかけたとき、さんは何かに気が付いたかのように、
視線を背後に投げ、私の肩を離した。
「なにやってんだ? てめェ」
「お、お兄ちゃん!?」
「おやおや、いいところで邪魔してくれますねェ。じゃ、さん、アタシはこれで」
「さん、傘ありがとうございました。また家にきてくださいね」
「帰るぞ」
「うん。あれ? 私の傘は?」
さんは、お兄ちゃんの肩にタッチをして、にやっとおどけた笑い顔で、さっさと去っていった。
お兄ちゃんの憮然とした面持ちに気がついていなかったのか、それとも、理解していながらからかっているのか。
私には、よく分からなかったけど、お兄ちゃんがちょっと機嫌が悪いのだけは、分かった。
傘はドコと尋ねたのに返事すらしない。横に入るのが当然だというお兄ちゃんの態度は、いつものことであり、
そう気にすることも無く、私は黙って横について歩きだした。
「もう、朝言ってくれれば良かったのに。『雨だぞ? 傘持ってけよ』とか。迎えに来てくれるなら濡れる前にしてよ」
ぶちぶちとお兄ちゃんに話しかけるのだが、お兄ちゃんのだんまりは、なかなか解けなかった。
「聞いてるの? もーう、可愛い妹がお話してるんですけど? この耳は飾りですか? きゃんっ!!!」
いきなり立ち止まって、肩を抱かれてしまった。
「……消毒終わりっと」
「ハァ? ちょっと」
「いいから、早く歩け。お前、ずぶ濡れじゃねェ? ブラ透けてるってんだ」
「ん? イヤ!うっそーっ!!!」
「だから歩けっつーの。に変な気だしてんじゃねェ〜よ。エロクソガキ」
――酷い、余りにも酷い。何がエロクソガキなのよ? 不可抗力でしょうが? 雨のばっきゃーーーーろ!!!
「……お兄ちゃんのスケベ」
「俺のドコがスケベだってんだ? てめェ……」
「何よ? 変な気って何よ? そういうのは受け止める側の問題でしょ? 好きで濡れたんじゃないもん」
「確かに好きで濡れたんじゃねェな。傘を持っていかねェてめェがアホだ」
「だから、朝ひとこと言ってくれれば良かったでしょ」
「てめェは小学生か? 天気予報のひとつやふたつ……」
「もういい! お兄ちゃんのバカ!!!」
――こともあろうにエロクソガキだなんて、
自分がかなりエッチなのは知ってるけど、いや変態だとも思っているけど
好きで濡れたんじゃないし、ブラが透けたくらいなんだっていうの?
パンツだってびしょ濡れだっつーの。
なに、怒ってるんだろう? わけわからんし。
だいたい、雨が降る前に帰れなかったのは、お説教くらってたからだ。
……やっぱりお兄ちゃんが悪い。
私の中に、さんに出会うまで、溜め込んでいた怒りがむくむくとぶり返してきた。
私は、横を飄々と歩くお兄ちゃんに腹が立ち我慢しきれず、土砂降りの中を駆け出した。
「おい、待て! 待てコラー!!!」
「ふん! 一人で帰るから邪魔しないで。ベーーっだ!!!」
「ちっ、勝手にしろっ」
お兄ちゃんの足音は、数歩離れたところをついてくる。
私がどんなにゆっくり歩いても、決して近寄ってこない。
意地っ張りなのはお互い様だった。同じ家に帰るのに、なんとも馬鹿げた光景だっただろう。
はけ口を見出せない怒りは、私の歩調を速めていく。
一歩進むごとに離れていく距離になんともいえない悲しみを感じた私は、一気に駆け出した。
先ほどまで火照った頬に心地よかった雨は、うっとうしいだけで。
濡れた髪がまとわりつくうなじは、不快感を訴えるだけで。
ただ、お風呂に飛び込んで温まりたい一心だった。
「ふぅ〜寒い!」
どこもかしこもびしょ濡れなわけで、私の通った玄関からお風呂場までの道のりは、なめくじでも這ったかのように濡れ光っていた。
セーラー服のリボンを取り脱ごうとしたその時、ふと脱衣所の鏡に映る自分の姿が目に入った。
――確かに……ブラ透けてるし。うっわーすっげーブス。
どこの濡れねずみといった感じの自分の姿に情けなくなった。
「どこが綺麗になったの? さんの目って変」
「なに、見惚れてるんだ?」
「うわっ! いきなり声かけないでよ! びっくりするじゃ。いたっ」
背中越しに首をつかまれ、そのまま目の前の鏡に視線を固定された、振りほどこうにも、力が入らなかった。
「よ〜く見てみろ。」
「なに?」
「……わからねェ? ブラだけか? 透けて見えるのは? 」
「いたっ……離してよ。ブラしか見えない……もう! お風呂入るから邪魔しないで!」
「ガキだよな〜。ガキすぎるんだよ……おまえは」
何が気に入らないと言うのだろう。
鏡の中の私は、確かにセーラー服にぴっちりとブラが張り付き、飾りのレースが透けて見える。
私の目にはそうとしか見えないのに、お兄ちゃんの目には、違うふうに見えるらしかった。
お兄ちゃんは、がっちりと私の頭を両手で挟み、心の奥底まで見抜くような視線で私を見据えた。
ゾクゾクした。寒さで震えていた私の背筋を言いようの無い快感が跳ね上がっていった。
乳首がキュンと固くなり、下腹部がジュンと潤むような感覚が一瞬にしてかけめぐっていった。
お兄ちゃんの指先が頬を滑り落ち、アゴ先をなぞり、そのまま、喉、鎖骨へと降りていく。
なぞられただけなのに、がくがくと私の下半身は揺らぎ、支えを求めた指先は自然に洗面台をつかんだ。
「見ろよ」
荒い息を吐き、鏡を見ていられなくなった私に、お兄ちゃんが命じた。
鏡の中にいたのは、情欲にまみれた瞳を持つ“エロクソガキ”と言われても仕方ないくらいに興奮したはしたない私だった。
さきほどは見えなかったものが見えてくる。
肌に張り付いたセーラー服は、胸のふくらみをはっきりと浮き立たせ、細いウエストを強調していた。
下半身をふわりと包み込んでいるはずのスカートは、細いウエストからお尻ふとももにかけての女らしいラインを
如実にうつしとり、ぴったりと張り付いている。
体のラインをこれでもかと強調する濡れた衣装は、裸でいるよりも明らかにいやらしい色香を放っていた。
我ながらエロ過ぎる。羞恥心にまみれた心はいやらしい本性をあばき、体はこのままここで抱いて欲しいと願っていた。
「分かったか? ならいいんだ。風呂入れ。風邪引くぞ」
あっさりと拘束を解かれた私は、なすすべもなく床に崩れ落ちた。
じわじわと体の内側から染み出した液体が、行き場を失い内腿を伝わるかのような感触。
思いっきり想いを込めて、お兄ちゃんを振り仰ぐが、
お兄ちゃんは涼しげな表情で「風呂」とひと言だけ言い残し、その場から去っていった。
煽られた。暴かれたいやらしい性根。
なんとも言えず悔しくて、私は、湯船の中で泣いた。
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